交響詩「才の神」


オーチャードホール(東京)にて

 新堀寛己作曲、交響詩「才の神」は、ギターオーケストラを中心として、日本の伝統音楽、和太鼓群と西洋パーカッション群のNRM(新堀リズムメソード)、そしてKBG(大正琴)、シンセサイザー各種擬音、ハンドベル、レーザー光線、スモーク、照明、各種音響等を加えたミュージカル・ペイジェント(絵巻)であり、PLERA(総合立体芸術)にまで昇華した、世界に誇る意欲作品であります。これを観た聴衆は、自然とこの交響詩の4つのシーンに次々と引き込まれ、その世界に同化し、最後には人類の共通の祈り、平和を共に讃歌し合う事でありましょう。
 この交響詩は全部で、春夏秋冬の4つの楽章から成っており、それぞれがまた約4つの曲から成っています。現在出来ているのは、春の4曲です。「才の神」とはその春の4曲に対してつけられた題であり、全てが出来上がった時点での名前は、その新潟県大島村(現・上越市大島区)の自然を謳った内容から、交響詩「大島村」になるのではないかといわれています。

 

シーン1 春の序曲(保倉川の夜明け)


春の保倉川

  新堀芸術学院上越校を迂回するように流れる保倉川。春を告げるせせらぎは、そんな雪下の清流から始まります。遠くでホルンが響き、朝もやにつつまれた村に、夜明けが訪れます。10弦プライムギターとアルトギターの優しいソロが、語り合うように暖かな春を演出します。やがて、オーケストラが加わり、泡立ち、せめぎ合いながら流れ出る奔流を、ハイテクニックで表します。途中2つの優しいテーマと鳥たちのさえずりを交えながら序曲は躍動的なクライマックスを迎えていく…春のエネルギーは、果てしなく力強く、全てを流して清々しく進みます。

シーン2 ワンダフルモーニング(大平の朝)


大自然に囲まれる大平

 大平は大島村(現・上越市大島区)にある小さな平野で、そこには保倉川がきらめき、まわりの山々は美しいを森をたたえ、この小さな村を抱きしめるようにたたずんでいます。この曲は、その清純な美しさと、清々しい朝をテーマにしています。元気でわくわくするようなマーチ、シロフォンの軽快なメロディ。「みんな、もっともっと元気に夢をふくらませていこうよ」というエールを送ります。

シーン3 森のワルツ(旭の森のワルツ)


旭の森・ブナ林が美しい

 村から少し離れた所に茅葺き屋根の点在する旭の集落があります。そのはずれの小学校の裏山の小径を歩いて行くとこのシーンの舞台となったブナ林があります。ここは、木漏れ陽と静けさが心にしみ入る別世界です。名もない小さな池が、水面に樹々を映してひっそりとたたずんでいます。涼風がサーッと渡れば、あちらこちらの梢から森の精が出て来て、ワルツを踊りだしそうです。この曲は4つの部分で構成され、3番目のみヨーデル風のポルカになっています。この全く異なる味を鮮やかに対比させる事で、テーマのワルツがますます深いものとなっています。

シーン4 「才の神」の響宴


荒れ狂う「才の神」

 いよいよ曲の表題にもなっている「才の神」の響宴です。「才の神」の行事は日本各地で毎年旧正月に行われる祭事で、家内安全、無病息災、厄払い、村の平安、一年の無事を祈願する、素朴な日本人の信仰でもあります。
日暮れになるとほら貝の合図で、村のあちこちでいっせいに杉や栗、竹、藁で組んだものに火がつけられます。そして、この祭事を司る「才の神」があらゆる厄を一歩も村に入れまいと、激しく太鼓を打ち鳴らし、荒々しく暴れ回るのです。
 このシーンでは、主にドラムスのリズム感と躍動する各オーケストラ群がせめぎ合いながらクライマックスへ昇りつめていきます。そして、すさまじい響宴が静まると、やがて穏やかな光の中に天使たちが現れ、平和を告げるハンドベルを高らかに鳴らします。
作曲者の新堀寛己はこの交響詩の中で、「どんなに苦しくても、日々夢を持って努力すれば、かならず幸せになれる」という平和に対する願い、そしてメッセージを伝えているのです。